「噛む力」が健康を支える──歯を残す治療が転倒や認知症を予防

「10年後、20年後の状態をイメージしながら歯の治療をしています」
西原先生は、できる限り歯を残す治療にこだわり、患者さんの歯を守る治療をされています。先生が「歯を残す治療」にこだわる理由を尋ねると次のような答えが返ってきました。
「歯は生まれたときから、人間の身体に備わっている物です。なくて良い物が身体に備えられているはずはないですよね。だから、いらない歯なんてないと思っています」
実は、先生のお父様も歯科医師として、長年、歯を残す治療に取り組んでいらっしゃるとのこと。これまでに「歯を抜かずに残したからこそ、健康でいられた」という事例を何度も目の当たりにしており、「歯を残してよかった」「自分の歯で噛めて幸せだな」と思ってもらえる治療を目指しているそうです。
「歯を抜いて喜んでもらえるケースはありません。患者さんがずっと自分の歯で噛めるよう、歯を守ることが我々歯医者の使命だと思っています」
歯は一度抜いてしまえば生えてくることはありません。だからこそ、10年後、20年後の姿を想像しながら、そのときできるベストな治療を行っているそうです。ただし、どんな状況でも歯を残すという選択をするわけではありません。お口の状態や患者さんの状況によっては、抜かざるを得ない状況もあるそうです。
しかし、抜いた方が良いのか、抜かない方が良いのか、少しでも迷う場合には「抜かずに残す」という選択肢があることを伝え、患者さんと相談しながら治療法を決定されているとのこと。「今」だけでなく「未来」も見据えながら治療を行うことが、歯科医師の責任だと西原先生はおっしゃいます。
噛む力が“健康に生きる力”を強くする-訪問歯科医療の経験から

西原先生は、訪問歯科医療に携わってきた経験もあります。ご年配の方々のお口の中を見る中で、歯の残存数と健康状態の関係を実感されたとのこと。
「80歳、90歳の方でも、元気な方はやっぱり、歯が残っている方が多いんです。歯があれば、食事を楽しめるから栄養も摂りやすいし、嚥下もしっかりできる。筋力も落ちにくいですし、免疫も低下しにくく、活動的な方が多いように感じました」
噛む力が衰えると食事を楽しめないため、食欲が低下し、栄養を十分に摂ることはできません。特に、筋力を維持するためには、肉や魚、卵、大豆製品などに豊富に含まれるたんぱく質を摂ることが大切です。筋力を維持することが、フレイルを防ぐうえで大きなポイントになるといわれています。
さらに、西原先生はこんな指摘も。
「歯は、食べるときだけじゃなくて、踏ん張るときにも必要なんです。踏ん張るときに食いしばった経験はありませんか?歯がないと、食いしばることができない。だから、歯がないと、転びそうになったときも踏ん張りがきかずに、転倒してしまうことが増えるんじゃないかと思っています」
訪問歯科を経験する中で、西原先生が感じたのは、歩けなくなることがきっかけで認知症になったり、急に衰えてしまったりする方が多いということです。歯が健康であれば、噛むことで脳にも刺激が伝わり、さらに転倒のリスクを抑えられます。
歯を失うと、噛む力、飲み込む力、歩く力が弱まる可能性があるとされています。裏を返せば、歯を守ることが、健康に生きる力に直結すると考えることもできるのではないでしょうか。
“健康なときの医科歯科連携”こそが真の予防医療に

歯の健康と全身の健康の結びつきが注目されるようになった今、医科と歯科が連携して患者さんの健康を守る「医科歯科連携」が進められています。
「お口の中を清潔にすると、合併症のリスクを抑えられます。だから、手術前に、口腔ケアを依頼されるケースは増えています」
お口の中の細菌を少しでも減らすと、誤嚥性肺炎などのトラブルを予防できるとされています。そのため、手術前に歯科医院での口腔ケアをすすめる病院が増えているといいます。
「でも、本当に大切なのは、病気になる前に、医科と歯科が連携することじゃないかなと思っています。病気になってから連携をするのではなくて、病気を予防するために医科と歯科が連携してこそ、本当の予防医療ではないでしょうか」
西原先生は、歯科医院が健康医療のフロントラインになるのではと考えているとのこと。
「健康なときに、内科に行くことってほとんどないと思うんです。そう考えると、歯医者は、元気なときに通う人が多い医療機関であり、歯科を入り口に身体の健康も考えられるような環境づくりを目指したいですね」
患者さんに健康でいて欲しいからこそ伝える予防の大切さ

西原先生は、日々、患者さんと向き合う中で、「歯医者は歯が痛くなったから行くところ」から「歯の健康を保つために通う場所」という意識に変わってきていることを実感されているといいます。
常に、自分の家族を診る気持ちで治療を行っているという西原先生は、患者さんには健康でいて欲しいとの思いが強くあるとのこと。だからこそ、歯科医院に通院ができている患者さんに対しては、歯を守ることの大切さを伝えたいといいます。
「歯科疾患実態調査では、年齢ごとの歯の平均残存数を公表しています。歯が少ない患者さんには、資料を見せながら、もう少し一緒にケアを続けましょうという声がけをしています。反対に、平均よりも歯が残っている方にも無理なく通えるよう、継続してサポートしていきますとお伝えしています」
お口の健康と全身の健康の関係については、まず、知ってもらうことが大切だと考えているとのこと。そのため、院内には、お口の細菌と糖尿病や認知症など、全身疾患との関係性を訴えるポスターを掲示。また、ホームページにも情報を掲載し、患者さんはもちろん、ご家族にも口腔ケアの大切さを理解してもらえるように意識をしながら、啓発に取り組んでいるそうです。
健康なときから歯医者に通う習慣を-歯科医院から始める予防医療
歯の健康維持は、全身の健康維持にもつながるものです。年齢を重ねても自分の歯で噛み、美味しい食事を楽しむことができれば、しっかり栄養を摂れるため、筋力も免疫力も維持しやすくなります。また、噛むことの刺激が脳に伝わると認知症の予防につながり、歯を食いしばれることで転倒のリスクも軽減できます。
歯科医院は、健康なときから通える医療機関です。痛くなる前に、歯を失う前に、健康なときから歯科医院に通い、定期的なメインテナンスを受けることは、全身の予防医療、真の医科歯科連携につながるものです。
健康で幸せな毎日を送るために、ずっと自分の歯で噛める幸せをつなぐために、今から始める一歩として、健康維持のための歯科医院への通院を始めてみませんか?
▼取材協力
東川口さざんか歯科 副院長
「できる限り歯を残すことを大切にし、治療した歯が10年後も健やかであるよう常に先を見据えて診療しています。自分の家族を治療するつもりで、一人ひとりに最善の治療を提案することを心がけています」
日本大学歯学部卒業。日本大学歯学部付属歯科病院・総合診療科にて臨床経験を積み、その後、東川口さざんか歯科に勤務し現在は副院長として診療に従事。日本口腔インプラント学会、日本歯周病学会に所属し、スタディーグループDFCでも研鑽を続ける。インプラント、歯周治療、保存治療まで幅広く対応し、患者一人ひとりに寄り添った丁寧な診療を実践している。










