“食べる喜びをもう一度” ──嚥下リハビリを支える訪問歯科の取り組み

歯医者への通院が難しくなった患者さんにも口腔ケアを届けたい

小澤先生は、大学生の頃に受けた特別授業がきっかけとなり、摂食嚥下リハビリに関心を抱いたそうです。「まだ摂食嚥下リハビリが普及していない時代であり、授業を受けたときの衝撃はかなりの大きさだった」と言います。実は、先生のお父様には半身麻痺があり、嚥下が難しい方をどのようにサポートしていけば良いのかについては関心を持ち続けていたとのこと。
通院できない患者さんにも、また食べる喜びを味わってもらいたい。そんな強い思いから、先生は訪問歯科に取り組んでいらっしゃいます。
「歯医者に通えなくなった瞬間に“お口の健康”も途切れてしまうんです。でも、通えなければ、私たちが患者さんの元を訪問すれば良い。歯科医院に通えない患者さんのお口の健康を守ることが、私たち訪問歯科の役割です」
現在、東川口さざんか歯科では、歯科医院に通えないの多くの患者さんへ訪問歯科を実施しています。当初は、それまで通院していたものの、途中から通院が難しくなってしまった患者さんを訪問歯科の対象にしており、その数はわずか数名だったとのこと。しかし、訪問歯科を必要とする患者さんに口腔ケアを届けたいという思いが地域に広がり、現在、患者さんの数はどんどん増加しているそうです。
「食べる」ことは「生きる」こと

小澤先生は、歯科医師に加え、日本嚥下リハビリテーション学会認定士の資格も保有されています。“飲み込む”という機能を改善するリハビリの実施にあたり、訪問歯科では、どのようなことを重視されているのでしょうか。
「日本には四季があり、季節ごとの旬の食べ物があります。患者さんにも、季節が巡るごとに旬を楽しんで欲しい、食べることを楽しんで欲しいと思っています」
食べることは、生きることに直結することだと小澤先生は言います。
「食べると脳に刺激が伝わるということは、よく知られています。でも、それだけではありません。噛むことで顔の筋肉を動かすため、食事を口から摂れるようになると表情が戻るケースも多いんです。食べることは“生きること”そのものだと思っています」
飲み込む機能が衰えると、食事をして、むせることを不安視するケースが多くなりますが、むせることを極端に恐れる必要はないとのこと。
「むせるという行為は、食べ物や飲み物が誤って気管に入ろうとしたときに起こる身体の防御反応です。患者さんやご家族には、“むせることができる”という反応自体を大切にして欲しいとお伝えしています」
ただし、嚥下機能が落ちており、誤嚥のリスクがある患者さんは、食事をきっかけに、誤嚥性肺炎につながる場合もあります。安心して食事を摂ってもらうためには、食べるときの姿勢や食べ物の運び方、一口の量に注意することも大切だといいます。適切なサポートができるよう、ご家族に日常生活の中での注意点をしっかりと伝えることも忘れません。
「たとえ、これまでに誤嚥が起こっていないからといっても、正しいサポートができなければ、今後、誤嚥が起きる可能性はあります。まだ起きていないから、これからも大丈夫というわけではない点も、必ずお伝えしています」
患者さんにとっての“幸せ”をゴールに

訪問歯科では、ケアマネジャーを中心に医師や看護師、ST(言語療法士)など、さまざまな職種との連携が必要となります。“医科歯科連携”を超えた“多職種連携”がなされている現場でもあるのです。
患者さんのケアを適切に行うためには、他の職種との情報共有が欠かせず、現在は、ノートやWebサイトなどを活用して、情報共有を進めているそうです。
「情報を共有できる手段は増えているので、以前に比べると、職種間での情報共有はしやすくなっています。でも、やっぱり、患者さんの状況はもちろん、他の職種の方の考えを理解するためにも、顔を合わせて話をすることが一番ですね」
ただ、歯科は、なかなか多職種間の交流の場に介入しにくいという課題もあるようです。しかし、小澤先生によると、訪問介護での歯科衛生士の役割の重要性が認知されつつあり、徐々に、歯科の介入も進んでいるとのこと。
「専門職の立場に立つと、一つの目標をクリアするたびにどんどん目標を高く設定する傾向があります。でも、私たち医療職の目標と患者さんにとっての幸せは、必ずしもイコールではありません。
訪問診療では、いろいろな職種が関わりますが、患者さんやご家族も含め、同じゴールを目指すことが大切です。医療者の理想ではなく、それぞれの職種が患者さんの幸せを一番に考え、サポートをしていくことが、本当の連携だと考えています」
口腔ケアによって胃ろうを卒業した事例も

口から食べることが難しい患者さんには、胃に直接チューブを通して栄養を届ける胃ろうを行うことがあります。胃ろうをしている患者さんは、食事をしていないから、口腔ケアは不要だと思われるケースが少なくないとのこと。しかし、胃ろうの方でも、適切なケアを行うことで、食べる力を回復できるケースがあるそうです。
「胃ろうの患者さんの場合、お口の中が非常に乾燥した状態になっています。口腔ケアをすると、筋肉が緩むので、表情が変わります。さらに、清潔にしたお口に少量の食べ物を入れると、舌が動き始めるんです」
食べる機能の回復は、患者さんにとっても、ご家族にとっても嬉しいものです。中には、口腔ケアの継続によって、お口から食事ができるようになり、胃ろうを卒業された方もいるとのこと。
「胃ろうを不安に思う人が多いですが、口から食事が摂れない方にとって胃ろうは必要です。胃ろうで栄養を摂取し、元気になれば、次のステップに進めます。胃ろうは終わりではないということをぜひ知って欲しいです」
患者さんとご家族を支える存在を目指して

訪問歯科は、医師や看護師、ケアマネジャーなど、他の職種とチームを組み、患者さんをサポートします。しかし、患者さんへ最も身近に寄り添うご家族もチームの一員だと先生は言います。
「介護って、大変なことも多いと思うんです。苦労していることや悩みを誰かと共有するだけでも、心が軽くなることもあると思います。私たちは、患者さんだけでなく、患者さんを支えるご家族も支える存在でありたいと思っています」
食べる力を回復させ、生きる力を支える訪問歯科の重要性
訪問歯科の役割は、歯科医院に通うことができない患者さんを診るだけではありません。適切な口腔ケアを行い、食べる力や生きる力の回復を支える役割を果たしています。
今後、高齢化がますます進む社会の中で、医科歯科連携を超えた、多職種連携によるサポート体制の構築は、患者さんと患者さんを見守るご家族の大きな支えになるでしょう。食べる喜びを取り戻す訪問歯科は、今後、より重要な役割を担っていくのではないでしょうか。
▼取材協力
東川口さざんか歯科 歯科医師
「患者さま一人ひとりに、歯の大切さや素晴らしさを丁寧にお伝えしたいと考えています。明るく優しく、安心して相談できる診療を心がけています。出産・育児の経験を通して小児歯科への思いも強くなり、お子さまとご家族に寄り添った診療を大切にしています」
日本大学歯学部卒業後、日本大学附属歯科病院・歯内療法学講座に勤務し臨床経験を積む。2022年より東川口さざんか歯科に勤務し、一般歯科・小児歯科・訪問歯科を中心に幅広く診療。日本摂食嚥下リハビリテーション学会認定士として専門知識も活かし、子どもから高齢者まで安心して受診できる診療を提供している。

東川口さざんか歯科
医院住所:〒333-0802 埼玉県川口市戸塚東1-8-5 新井マンション101
電話番号:048-229-8830
医院HP:https://sazanka-dc.com/
歯科タウン医院ページ:https://www.shika-town.com/a00086776














