なぜ日本人は歯科に行かないのか── 歯科の受診率を高める「文化」と「可視化」

医科の受診率が66%であるのに対し、歯科はわずか15%というデータがあります。受診率の大きなギャップに驚く方も多いのではないでしょうか。しかし、医科と歯科の受診率の差こそ、歯科が秘める可能性だと前向きに捉える歯科医師がいます。その人物こそ、多職種が学びあうオンライン勉強会「Niw(エヌアイダブリュー)」や健康イベント「Your TIME.」などを主宰し、医科歯科連携・多職種連携を広げる活動を続ける諏訪敬太郎先生です。
「歯科の受診率を高めるカギは“文化を創る”ことにあると思っています」
今回は、そう語る諏訪先生に「医科と歯科の受診率の差」、「歯科の受診率を高めるポイント」、「医科歯科連携が進まない理由」についてお話を伺ってきました。
受診率の低さには、文化の差が影響──
これまで、受診率の低さは歯科が抱える長年の課題とされてきました。しかし、諏訪先生は違います。先生は歯科の受診率15%という数字を未来に向けた大きなチャンスだといいます。
「15%は“課題”ではなくて、“伸び代”そのものだと思っています。だって、裏を返せば、85%の人はまだ歯科を利用していないってことじゃないですか。それは大きな可能性を秘めている分野だってことですよね」
また、医科と歯科との受診率の違いについて質問すると次のような答えが。
「歯科の受診率が低い最大の理由は“歯医者に行く文化がない”からです」
そういうと、日本に定着しているバレンタインデーとホワイトデーを例に文化と行動の関係を説明してくださいました。バレンタインデーは、大切な人に日頃の気持ちを伝える日として欧米から伝わりました。しかし、バレンタインデーの文化はあるものの、欧米にホワイトデーの習慣はありません。ホワイトデーは「もらったらお返しをする」お中元やお歳暮など、まさに日本に根付いている慣習(文化)をヒントに考えられたものです。
「今は、バレンタインデーにチョコをもらったら、ホワイトデーにお返しをすることが当たり前になっています。つまり、文化がある=人は自然に行動するようになるんです。これが行動変容の本質だと思っています」
歯科の受診率が低いのは、仕組みが整っていないからという理由ではないと先生はいいます。
「歯科には、歯を守るために歯医者に行くという文化がまだ出来上がっていないんです。困っていなければ、歯医者には行かない。このシンプルな構造を変えることこそ、歯科の受診率を上げるキーポイントだと考えています」
未来の困りごとをリアルに実感できる“可視化”が行動変容を生む

予防歯科の大切さをなんとなく知っていても「今は歯が痛くないから」、「今は困っていないから」と歯医者への通院を後回しにするケースは少なくありません。
「将来起こるかもしれない困りごとのために何かをしようと思う人は多くはないでしょう。同じように、今、困っていないのに歯医者に行く人は少ないんです。人が動くのは、“困りごとが起きたとき”なんです」
しかし、困ったことが起きてから歯医者に行っても、症状が進行していれば大切な歯を守れない可能性が高くなります。では、困る前から歯を守るための行動を促す、つまり歯医者に行こうという行動につなげるにはどうすればよいのでしょうか。
「キーワードは“可視化”です。人は、言葉による説明よりも、視覚的や体験を通じて入ってくる上坊のほうが理解しやすい傾向にあります。未来に起きうるリスクについて、医師や歯科医師からどんなに丁寧に説明されるよりも、未来の姿を映像や体験を通じて見たほうが将来のリスクの大きさを実感しやすくなるんです」
諏訪先生は、眼科の例を紹介してくれました。白内障のリスクがある患者さんに手術を勧めても、今は見えているからと手術を敬遠するケースは多いそう。しかし、VRを活用し、白内障になった場合の見え方を体験してもらうと、患者さんの理解が深まり、手術に踏み切る事例が増えているとのこと。
また先生自身も、連続血糖測定器(CGM)を使い、食事で血糖値がどう変化するかを“見える化”することで、自身の行動が大きく変容したことを実感された経験があるそうです。
「可視化は、どこか他人事だった未来のリスクを自分事に変えるひとつの手段です。 歯科も、歯周病と糖尿病や全身疾患との関係についてVRを使って可視化すれば、お口を守ることの大切さを実感し、自然に歯を守るために歯医者に行くという文化が広がると思っています」
可視化が予防医療の入り口になると諏訪先生は力強く語ります。
医科歯科連携が進まない本当の理由──感謝されたいという“エゴ”
歯科タウンでは、医科歯科連携がなかなか進まない理由についても諏訪先生に質問してみました。
「連携が進まない原因は、知識でも制度でもなくて、僕たちの“エゴ”が関係していると思っています」
医科でも歯科でも、悪いところを治療したときに感謝されるのは医師や歯科医師が中心です。しかし、病気を未然に防ぐ予防に力を注げば治療は減るため「先生のおかげで治りました」と患者さんに感謝される機会は減るだろうと諏訪先生はいいます。
「人って“ありがとう”って言われると嬉しいんです。それは、医師や歯科医師だけでなく、歯科衛生士や管理栄養士、理学療法士といった、予防医療に尽力する医療従事者にとっても同じことだと思います」
患者さんからの“ありがとう”はやりがいにもつながるものです。どんなに制度改革を進めても、多職種が連携したときにどの職種の人にも平等に“ありがとう”が届く仕組みを作らないと、連携は前に進まないと諏訪先生。感謝を誰に届けるのか、私たち患者側もその意味を考えなければならない部分かもしれません。
医科歯科連携を超えた多職種連携の実現に向けた取り組み

諏訪先生は、文化とシステムの両面から医科歯科連携を広げようとしています。
●文化を作る取り組み:Your TIME. / Niw(エヌアイダブリュー)オンライン勉強会
諏訪先生が主催するオンライン勉強会「Niw(エヌアイダブリュー)」とリアルなイベント
「Your TIME.」の参加者は2年半で6,000名を超えたそう。医療者だけでなく、一般の人も混じり合うコミュニティは、全国でも珍しい存在です。
●システムを作る取り組み:SUWA Oral Village PROJECT(歯科複合施設)の設立
管理栄養士、理学療法士、歯科衛生士、歯科医師など異なる職種の医療従事者がそれぞれの専門性を生かし、横並びで連携しながら原因を根本から治療する包括的なケアを行えるプラットフォーム(歯科複合施設)を進めています。
「症状を和らげるのではなくて、病気の原因を治療する根本治療は 多職種が連携しなきゃ絶対にできないことなんです」
例えば「口呼吸を治す」、「誤嚥を防ぐ」治療でも口周りの筋肉だけを診るのではなく、姿勢や食事、足の筋肉といったように全身を診ることが大切になるそう。
医療者は、遠くない将来、“病気を治す人”から“健康を支える人”へとシフトしていくのではないでしょうか。その布石となる取り組みを諏訪先生はすでに始めているのです。
医科歯科連携を広げ、より生きやすい社会の実現を
諏訪先生は、未来に向けた明確なビジョンを掲げ、活動を進めています。
現在は、5年以内のクリニックの開業と「Your TIME.」の全国展開を目指し、日々、忙しい日々を送られているとのこと。また、生まれ故郷である静岡に生涯の健康をサポートできる医療の村を作りたいという壮大な構想も描いています。
文化の創出だけでは、構想は、夢物語で終わってしまうと先生はいいます。だからこそ、今は「文化 × システム(再現性)」の両輪を動かし、プロジェクトを確実に前進させているとのこと。
「医療は、困ったときに駆け込む場所でなく、誰もが楽しく、健康に生きられるようサポートするための“インフラ”であるべきだと僕は思っています」
諏訪先生は医科歯科連携、多職種連携に対する熱い思いを語ってくださいました。
今日からできる“医科歯科連携の第一歩”
最後に、諏訪先生に、患者の立場からできる医科歯科連携の第一歩について聞いてみると次のようなシンプルな回答が。
「まずは“自分を知ること”がいちばんの医療です」
食事による血糖値の変化の違い、口呼吸を続けた場合のリスク、歯周病の全身への影響など、自分の身体を知ることが大切だといいます。しかし、自分の身体を知ることはハードルも高いですよね、と前置きをされたうえで、次のメッセージをくださいました。
「迷ったら、とにかく歯医者に行ってください。歯医者選びは難しいと思いますが、入り口に“血圧計が置いてある歯医者”が一つのポイントです。血圧計の設置は、口だけでなく、全身を診るという意思表示だと僕は思います」
歯科は今、虫歯や歯周病を治療するためだけの場所ではありません。お口から全身の健康までを考える、体の入り口ともいえる場所になっているのです。
社会が文化を創り、文化が医療を変える
歯科の受診率の低さは「歯医者に行くという文化がないから」、医科歯科連携の停滞は「医師や歯科医師のエゴの問題」と諏訪先生は言い切ります。課題が明確だからこそ、歯科には大きな伸び代があり、未来の可視化は、自身の健康を自分事として捉える一助となるでしょう。
医療者が連携するだけでなく、一般の人も巻き込みながら健康を考え、支える文化とシステムを作ることで、誰もが安心して生きることができる社会を作れます。医療文化は国や医療者に作ってもらうものではなく、社会を生きる私たち一人ひとりが当事者として関わりながら作るものというメッセージが諏訪先生の言葉には込められているのではないでしょうか。
▼取材協力
「歯科医療を“診療室の中”だけで完結させず、社会や暮らしの中にひらいていくことが大切だと考えています。医科歯科連携や多職種連携を通じて、歯科が人の人生や地域の健康にもっと貢献できる形をつくっていきたいですね」
歯科医師としての臨床に携わる一方で、医科歯科連携・多職種連携の重要性を広く伝える活動にも注力。
歯科受診率の低さや、医科と歯科が分断されてきた日本の医療構造に課題意識を持ち、「歯科医療を文化として根づかせる」ことをテーマに情報発信や実践を続けている。
オンライン勉強会「Niw(エヌアイダブリュー)」や健康イベント「Your TIME.」を立ち上げ、歯科医師に限らず、医師・医療従事者・多職種・一般市民が交わる場を企画・運営。講演やイベント、SNSなどを通じて、歯科の役割や価値を“見える化”し、社会と医療をつなぐ取り組みを行っている。














