日本に昔より存在した歯科医師『口中医』とは~歯の白と黒の歴史トリビア第9回~

2018.06.06 healthHa・no・ne編集部M

古来より歯科治療を行ってきた「丹波一族」

昔の街並み

日本で口中医と呼ばれる存在は、室町時代(1336~1573年)より存在したとされています。ただし、口中医は現在の歯科医師とは異なり、治療法は秘伝とし、子や弟子以外の他人には決して伝えようとしなかったのだとか。また、口中医は公家や一部の富裕層のみを診察する医者であったとされており、誰でも等しく治療を受けられるわけではなかったようです。

こうした口中医の中で、特に有名なのが「丹波兼康(たんばのかねやす)」という人物。漢方に精通していたとされる兼康は、歯だけでなく舌や咽頭などお口全体の治療を行い、「口中医の祖」と呼ばれるようになりました。1531年には、お口周りの治療法をまとめた「口中秘伝」が完成。この口中秘伝で治療法を学んだ彼の子孫たちは江戸時代を中心に活躍し、「兼康家」として繁栄していくことになります。

ちなみに彼の祖先である「丹波康頼(たんばのやすより)」は、第2回で少し紹介しましたが、現存している中では日本最古の医学書「医心方」を書いたとされる人物です。この医心方には「風歯痛」「齲歯痛」「歯砕壊」「歯動欲脱」「歯黄黒」といった虫歯についての記述やその治療法が記されており、すでにこの頃から丹波家では「歯を治療する」という発想があったことになります。

当時の歯科治療は「とにかく抜歯」

縛られた歯

室町時代や江戸時代(1603~1868年)、公家や富裕層たちは歯に痛みを感じると口中医に診てもらっていました。しかし、当時の治療技術では歯を削るなどの処置はできず、痛みを和らげる塗り薬や飲み薬を処方するのが精一杯だったようです。そして、現在とは異なり「抜歯」の判断がとても早かったのも特徴の1つ。薬ではどうにもならない虫歯や歯周病であれば、高い確率で抜歯がされていたようです。また、口中医の診察が受けられない庶民にとっては「虫歯治療=抜歯」でした。

もちろん、当時は麻酔などありません。抜歯の方法はいくつかあったようですが「木の棒を歯に当て小づちで叩いて抜く」という方法が代表的だったようです。これは江戸時代日本に滞在していたドイツ人医師シーボルトの著書『日本』の中でも紹介されています。その他には、釘抜型の鉗子(かんし)で抜くという荒っぽい方法もあり、これは江戸時代の有名な画家歌川国芳の作品『きたいな名医難病療治』の中でも確認できます。想像するだけでも恐ろしいですね。

江戸時代には口中医とは別に「歯抜師」といわれる職業があったと言われています。歯抜師とは読んで字のごとく、抜歯だけを行う専門家のことです。医療知識には乏しく、本当に歯を抜くことのみに特化していた職業だったそうです。また、歯抜師は医師というより大道芸人としての側面が強かったのも特徴。まずは道端で曲芸を行い、集まった人の中から抜歯希望者を探し、熟練の早業で抜歯を行うことで、金銭をもらっていたのだとか。江戸時代の人は花火や芝居、見せ物小屋など、とにかくイベント好きな人たちが多かったそうですが、抜歯までもエンターテインメントにしてしまうのだから驚きです。

多様な選択肢を提供してくれる現代の歯科医療に感謝を!

歯科治療

虫歯や歯周病になれば容赦なく歯を抜かれた江戸時代とは異なり、現在の歯科医師たちは歯を保つためのさまざまな治療を行ってくれます。それだけでなく、虫歯や歯周病を予防するためのアドバイスをしてもらえるなど、かつての治療を考えれば信じられないほど“手厚い対応”と言えるでしょう。

せっかく最新の治療を受けられる環境が整っている現代に生まれた以上、お口に異変を感じたらすぐに歯科医院を受診するようにしたいですね。多様な選択肢を提供してくれる現代の歯科医療に感謝しつつ、お口の健康は自身で気にかけるようにしましょう。今回の「歯の白と黒の歴史トリビア」はここまで! 次回の更新をお楽しみに!

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【ライター紹介】 M

M

「文章を書く仕事がしたい」という想いから、ライター業を志したToo shy shy boy。「人生を無駄遣いしている」と揶揄されるほど、引きこもりがちで内気な性格からは想像できない“執筆への情熱”を併せ持ち、編集プロダクションなどを経てWebライターの職に就く。Ha・no・ne編集部では歴史好きな側面を活かし、歯と歴史を絡めた「歯の白と黒の歴史トリビア」を連載中。趣味は欧州サッカーや海外ドラマを見ることであり、土日は昼夜逆転の生活を送ることもしばしば。

Twitter:ムートー
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